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「親父!頼む、もう一度言うてくれ!」
「……」
「もう一度!!」
「………た…のむ…」
信長の双眼が大きく見開かれた。https://www.easycorp.com.hk/zh/secretary
そのたった一言に、息子に対する信秀の思いが全て詰まっていた。
織田家を頼む。
後を頼む。
家族を頼む。
家臣たちを頼む。
この尾張を頼む──。
信長は悲痛な面持ちで、強く唇を噛み締めた。
反発することも多かったが、それでも心の底では偉大な父を慕い、敬っていた。
この父の背中を越えることが、信長にとっての一つの目標でもあったのに…。
親族の中で唯一自分を信じ続けてくれた父の忌の際に、何も為すことが出来ない自分自身を、信長は大変情けなく思っていた。
そんな信長を励ますように、信秀は瀕死の身に残った力を振り絞り、握られた手を力いっぱいに握り返した。
「………」
信長は微かに潤んだ瞳で、力なく父の面差しを眺めた。
赤みを失った信秀の唇の両端が、緩やかにつり上がてゆく。
彼が最愛の息子に見せた最後の微笑みは、“尾張の虎”の異名にはまるで似つかわしくない、暖かく、愛情に溢れたものだった。
その刹那、信長が握る信秀の手から、スッと力が抜けた。
「……親父、…親父ッ!!」
信長の叫び声に、周りの医師たちが慌ただしく動き始める。
濃姫や信勝らも思わず腰を浮かせて、目の前の光景を緊迫の面持ちで眺めた。
そして程なく
「御臨終に…ございます」
医長が悄然と一同に告げると、権六ら家臣たちの間から「大殿!」「大殿ーッ!」と、その死を嘆く声が上がった。
「…ち…父上!父上ぇ!」
信勝も感情を露にし、父の遺骸の足元にすがり付くようにして泣き伏した。
対して土田御前は微動だにせず、事の成り行きを、ただ淡々と見つめていた。
が、その面差しには、はっきりと沈痛の色が浮かんでいる。
本人は感情を表に出すまいと必死に堪えているようだが、それが余計に、彼女の動揺と悲しみの度合いを周囲に示していた。
信長はそんな弟や母を顧みることなく、ただ茫然と信秀の亡骸を見つめていたが
「…ッ!!」
やがて弾けたように立ち上がり、悲しみと怒りとが入り雑じったような表情をして、足早にその場から去って行った。
「殿、どちらへ…!?」
濃姫は思わず立ち上がりかけたが、すぐに考え直し、浮かせた腰を再び畳に下ろした。
信長が今求めているのは、誰かの慰めではなく、冷静になる時間である。
一人、亡き父との思い出にも浸りたかろう…。
濃姫は晴れない思いを抱えながらも、舅の遺骸が粛々と清められてゆくのを、ただ黙って見守るしかなかった。
信秀の葬儀は、それから数日後、織田家の菩提寺である亀岳林・萬松寺にてしめやかに執り行われた。
開山である大雲永瑞和尚を筆頭に、寺僧数十名と、この日の為に招かれた三百人近い会下僧が本堂に集まって、
『 萬松寺桃巌道見 』の法名が刻まれた信秀の位牌と、白衣に覆われた彼の遺骸の前で、朗々と読経を捧げている。
本堂の最前右方では、薄墨色の直垂をきりりと着こなした信勝、庶兄の信広を始め、